相続税の税務調査があったときは、預金や現金を中心に確認作業が行われます。
特に、家族の名義になっている預金、そして生命保険の保険料の支払者は厳しく見られる傾向にあります。
家族名義の預貯金とは、預貯金の名義となっている人と実質的にその預貯金の所有者が異なる預貯金のことをいいます。
例えば、本当は被相続人の親の預貯金なのに、単に名義だけが相続人である配偶者や子供、そして孫のような家族の名義になっている預貯金のことです。
単に家族の名義を借りた預貯金は被相続人の財産とされますので、相続財産に含めて相続税の申告を行わなければなりません。
もし、相続税の税務調査により申告漏れであると指摘されると、この預貯金を相続財産に加えて相続税を計算することになります。
そのため、相続税の追徴課税が行われるとともに、延滞税なども課税されることになるため注意が必要です。
この家族の名義になっている預金が問題になるのは、その預金が被相続人のものなのか、家族に預金が贈与されているのかという点です。
もし、家族に預金が贈与されていれば、その預金は相続財産に含める必要がないためです。
ここで、そもそも、贈与とは何か?という問題を整理しておく必要があるでしょう。
◎ 贈与とは何か?
贈与の定義は、相続税法で定められているわけではありません。
民法において「贈与」の定義がされているため、相続税でも贈与の考え方をそのまま使うようになっています。
贈与の定義について、民法において次のように述べられています。
(民法549条)
「贈与は、当事者の一方が自己の財産を無償で相手方に与える意思を表示し、相手方が受諾をすることによって、その効力を生ずる。」
つまり、贈与があったと言うためには、次の2つの条件を満たさなければなりません。
・無償であげます、という意思表示
・もらいます、という意思表示
この2つが揃ってはじめて「贈与」という契約が成立します。
そのため、一方的に「あげます」と言っても、もらう側が「もらいます」という意思表示をしなければ、贈与は成立しないことになります。
例えば、祖母が孫名義の預金口座を作って、孫のために貯金をしているというケースがあると思います。
このとき、孫がこの預金口座の存在を知らなければ、祖母から孫への贈与は成立しません。
その理由は、祖母は孫のために「貯金をする=あげます」という意思を持っています。
ところが、孫は預金口座の存在をしらないため「貯金をしてもらった=もらいます」という意思を持っていません。
そのため、民法上の贈与契約が成立していないことから、税務上も贈与が行われたとは判断されません。
◎ 名義預金の判定基準
家族名義の預貯金が、単に名義だけが相続人であり本当の所有者は被相続人であると判断されますと、この預貯金は相続財産に含めなければなりません。
このとき、相続税の税務調査ではどのように判断しているのでしょうか。
大きく、次の3つがポイントになります。
① 被相続人と同じ印鑑を使っている
② 通帳や印鑑を被相続人が保管している
③ 贈与の事実があるのか
① 被相続人と同じ印鑑を使っている
被相続人と同じ印鑑を使っているときは、次のような疑問が出てきます。
・預金口座は誰が開設したのか?
・預金口座を入金しているのは誰なのか?
・この預金口座を管理しているのは誰なのか?
これらの説明が求められるでしょう。
② 通帳や印鑑を被相続人が保管している
通帳や印鑑を被相続人が保管しているときは、次のような疑問が出てきます。
・預金口座は誰が開設したのか?
・預金口座を入金しているのは誰なのか?
・この預金口座を管理しているのは誰なのか?
・子供や孫は実家を離れて生活しているのに、実家近くの金融機関に預金口座あるのは不自然である。
これらの説明が求められるでしょう。
③ 贈与の事実があるのか
贈与の事実があるかどうかについて、次の確認が求められることが多いです。
・贈与契約書は作成してあるのか
・贈与税の申告書を提出しているのか
・財産をもらった人は、財産をもらったことを知っているのか
相続税の税務調査では、被相続人の預金口座から高額な出金があるときは、その使途を必ず確認されると考えて差し支えありません。
税務署は、次のことを確認したいためです。
・家族名義の預金になっているのではないか?
・その現金を何らかの資産を購入するための資金に使われているのではないか?
◎ 家族名義の預貯金と判断されないための準備
この「贈与の事実があるのかどうか」ということは、相続税の税務調査で最も指摘を受けやすいポイントの一つです。
家族名義の預貯金と判断されないために、次のような準備をしておくことが望ましいでしょう。
① 贈与があったことを証明する証拠を残しておく
② 財産をもらった人が、その預金口座を管理する
③ 贈与税の申告をしておく
① 贈与があったことを証明する証拠を残しておく
贈与があったことを証明するために、贈与契約書を残しておくことが望ましいでしょう。
また、現金の受け渡しは手渡しではなく振込手続きをすることも効果的です。
財産をあげる人の口座から財産をもらう人の口座へ振込みの手続きをすることで、通帳に振り込みをした証拠が残ります。
② 財産をもらった人が、その預金口座を管理する
贈与された財産がもらった人の財産であると言うためには「所有」していることを証明(所有権がある)しなければなりません。
所有権があるとは、次の状態があることを指します。
・預貯金を自由に使うことができる
・預貯金を預けることで得られる利息を、口座名義人本人が受け取ることができる
預貯金の所有権を証明するためには、口座名義人が自由にその口座を使うことができなければなりません。
そのため、通帳や印鑑は口座名義人が管理しなければなりません。
子供や孫名義で預金口座を作り、親の印鑑を使っていたり、祖父母が通帳や印鑑を管理していることが多々あります。
その理由としては、「子供や孫が現金を使ってしまわないようにするため」という方が非常に多いです。
子供や孫の教育としてはそれが正解なのですが、相続税を中心に考えたときは、親や祖父母が通帳や印鑑を管理することは正しいことではありません。
また、子供が実家を離れて遠方で生活をしているとき。
実家近くの金融機関にある子供名義の預貯金は、親の預貯金であると判断されることがあります。
子供からすれば、遠方にある預貯金を自由に使っていると言えるのかどうかが問題となります。
「子供のため・孫のため」というお気持ちもわかりますが、しっかりと手順を踏んでおかないと、後で相続税の問題が降りかかってくる可能性があるため注意が必要です。
③ 贈与税の申告をしておく
贈与税の申告をしておくことで、財産をもらった人が「財産をもらいました」という意思表示をすることにもつながります。
なお、贈与税の申告期限は、贈与により財産を取得した日の翌年2月1日から3月15日までです。
このとき、贈与により財産を取得した日がいつなのか?という問題がでてきます。
贈与により財産を取得した日は、次の区分により異なります。
・書面で贈与の契約をしたとき・・・・・・・その契約の効力が発生したとき
・口頭で贈与の契約をしたとき・・・・・・・その贈与が行われたとき
・停止条件付きで贈与の契約をしたとき・・・贈与をする条件が整ったとき
相続税の税務調査では、保険料の支払いがどの口座から行われているのか、次のようなことを確認するようになりました。
・被相続人の死亡生命保険金は正しく申告されているか
・家族名義の生命保険が申告漏れになっていないか
被相続人の死亡生命保険金は、生命保険会社へ死亡保険金の請求をするとともに、死亡保険金の支払通知が相続人に送付されますので、相続税の申告から漏れる可能性はあまり高くありません。
ここで問題になるのは「家族名義の生命保険」です。
生命保険の契約者が子供や孫になっていたとしても、その保険料の支払いが被相続人がしていたときは、相続税の対象になります。
そのため、相続財産としてこの生命保険が正しく申告されていないときは、相続財産の申告漏れとなります。
家族名義の生命保険は、家族名義の預貯金と考え方は同じです。
また、相続税対策として保険料相当の現金を子供や孫に贈与して、子供や孫が生命保険を契約していることもあります。
このときも、家族名義の預貯金と考え方は同じく、保険料相当の現金が子供や孫に贈与されているのかがポイントになってきます。
贈与が成立していれば相続財産から外れますが、贈与が成立していないと判断されますと被相続人が保険料を負担したことになりますので、この生命保険も相続財産に加えなければなりません。
相続税の税務調査でこのような指摘を受けないためには、次のような準備をしておくことが望ましいでしょう。
① 贈与があったことを証明する証拠を残しておく
② 被相続人の所得税の確定申告において、この生命保険について生命保険料控除を使わない
① 贈与があったことを証明する証拠を残しておく
贈与があったことを証明するために、贈与契約書を残しておくことが望ましいでしょう。
また、現金の受け渡しは手渡しではなく振込手続きをすることも効果的です。
財産をあげる人の口座から財産をもらう人の口座へ振込みの手続きをすることで、通帳に振り込みをした証拠が残ります。
②
被相続人の所得税の確定申告において、この生命保険について生命保険料控除を使わない
所得税には、生命保険料控除があります。
生命保険料控除は、被相続人が支払った生命保険料があるときは、所得税を計算するときに所得控除を受けられます。
そのことで、所得税の減税がされるという仕組みです。
この生命保険料控除は、「本人が支払った生命保険料」について所得税の減税が行われます。
つまり、所得税の生命保険料控除をするということは、被相続人が負担した保険料であるという意思表示となります。
このことから、生命保険料控除をした保険料は「贈与した」とは主張できなくなります。
生命保険料控除は所得税の減税になるため、実際に保険料を負担した人以外の所得税の確定申告で控除を受けるケースが多々あります。
確かに目先の所得税の減税にはなりますが、将来的な相続税を考慮したとき、本当に目先の損得で判断しても良いのか?という冷静な判断が求められるでしょう。