相続税の税務調査が行われるまでの流れ

相続があったとき、税務署から相続税の申告書が相続人の自宅に郵送されてくることがあります。
税務署は、なぜ相続があったことを知っているのでしょうか?

相続人が税務署へ相続税の申告書を提出した後、税務署では相続税の申告書のチェックを行っています。
どのようにチェックを行い、どのようにして税務調査を行う先を選んでいるのでしょうか?

相続があったときから、相続税の税務調査を行うという通知があるまでの一連の流れを確認していきます。

1 . 市区町村から税務署への死亡通知による相続財産の把握

人が亡くなると、戸籍法86条により、親族などが亡くなってから一週間以内に死亡届を市区町村役場に提出しなければなりません。
(戸籍法86条)
死亡の届出は、届出義務者が、死亡の事実を知った日から7日以内(国外で死亡があったときは、その事実を知った日から3ヶ月以内)に、これをしなければならない。


市区町村はこの死亡の届け出があったときは、相続税法58条により、死亡届けに記載されている内容を税務署に通知しなければならないことになっています。
(相続税法58条)
市町村長その他戸籍に関する事務をつかさどる者は、死亡又は失踪に関する届書を受理したときは、その 届書に記載された事項を、その届書を受理した日の属する日の翌月末日までにその事務所の所在地の所 轄税務署長に通知しなければならない。


相続税法58条を素直にそのまま読めば、死亡があったことを税務署に知らせているだけになるのですが、現実はそうではないようです。
市区町村役場から税務署へ通知されるのは、死亡があったことだけではなく、固定資産税評価額なども通知されているといわれています。

市区町村役場は固定資産税を課税するために、不動産の所有者が誰で、その不動産はどこにあり、どれくらいの価値があるのかなどの情報を持っています。
この不動産は当然に相続税の対象になりますので、税務署側とすれば不動産の情報も通知してもらったほうが事を進めやすいはずです。

税務署は、市区町村役場から通知される固定資産税評価額を見たときに、不動産だけで相続税の基礎控除を超えていれば、亡くなられた方に相続税がかかることを瞬時に把握することができます。
相続税の申告書が必ず提出されることがわかりますので、事前に準備をすることができます。

その他、KSKシステムなど税務署内部に蓄積されたデータを分析して、死亡された方に相続税がかかるかどうかを判断していきます。

2 . 相続人代表者へ相続税申告書やお尋ねの送付

税務署では、KSKシステムなどを利用して税務署内部に蓄積された被相続人に関するデータを基に、相続税の申告が必要かどうかを判断していきます。
この段階では、税務署では被相続人の預金がいくらあるのかはわかりません。
そのため、市区町村役場から提供された不動産の情報を基に、相続税の申告が必要かどうかを判断しています。

ここで、相続税の申告が確実に必要であると判断されたときは、相続人代表者へ相続税の申告書を送付することになっています。
相続税がかかるかどうかわからない場合には「相続税のお尋ね」を送付することになっています。
場合によっては、相続税の申告書と相続税のお尋ねの両方を送付することもあります。

相続税の申告書や相続税のお尋ねが相続人代表者へ郵送されてきたときは、被相続人がそれなりの財産を持っている事を税務署が把握していることを意味します。
ここで誤解をしてはいけないのは、相続税の申告書や相続税のお尋ねが税務署から送付されてこないからといって、相続税の申告が不要というわけではありません。
税務署は被相続人の財産をすべて把握しているわけではありませんので、相続税がかかる場合でも相続税の申告書が送付されないことがあるので注意が必要です。

相続税の申告書や相続税のお尋ねは、相続税の申告期限の2ヶ月から3ヶ月前に送られてきます。
場合によっては、相続税の申告期限の1ヶ月前に送られてくることもあります。
相続税の申告書や相続税のお尋ねが送付されてこないからといって何もしていなければ、相続税の申告期限の1ヶ月前から準備を始めたところで間に合わないことも考えられます。

相続税の申告期限のギリギリになって慌てないように、相続財産はどんなものがいくらくらいあり、相続税がかかるのかどうか程度は事前に把握をしておいたほうが良さそうです。
また、相続税の申告書や相続税のお尋ねが税務署から送付されるのは、あくまでも税務行政としてのサービスであると理解することが必要です。

3 . 相続人による相続税申告書の提出と相続税の納税

相続税は、相続や遺贈によって取得した財産(被相続人の死亡前3年以内に被相続人から贈与により取得した財産を含みます。)と相続時精算課税の適用を受けて贈与により取得した財産の価額の合計額が基礎控除額を超える場合にその超える部分に対して、課税されます。
相続財産の合計額が基礎控除額の範囲内であれば相続税の申告も相続税の納税も必要ありません。
もし、相続税が課税されることになったときは、被相続人が死亡したことを知った日の翌日から10ヶ月以内に、相続税の申告と相続税の納税が必要となります。
<相続税の申告書の提出>
相続税の申告書は、被相続人が死亡したときに住所があった場所を管轄する税務署に提出しなければなりません。
財産を取得した相続人の住所がある場所を管轄する税務署ではありませんので、注意が必要です。

相続税の申告書は、財産を取得した相続人ごとに税務署に提出することを原則としますが、相続人が共同して相続税の申告書を提出することもできます。
一般的には、相続人全員が共同して相続税の申告書を提出されることが多くなります。

なお、申告期限までに相続税の申告をしなかった場合や、実際に取得した財産の額より少ない額で申告をした場合には、本来の税金のほかに加算税や延滞税がかかる場合がありますので注意が必要です。

相続税の申告書には、次のような書類を添付することになっています。
戸籍謄本
遺言書の写し又は遺産分割協議書の写し
相続人全員の印鑑証明
相続時精算課税の適用を受けた相続人がいるときは、被相続人と相続時精算課税を受けた人の戸籍の附票の写し
<相続税の納税>
相続税は税務署だけではなく、銀行などの金融機関や郵便局の窓口でも払うことができます。
申告期限までに相続税の申告書を提出しても、相続税を申告期限までに納めなかったときは延滞税がかかる場合がありますので注意が必要です。

税金は現金で一括して払うことが原則ですが、相続税については、特別な納税方法として延納と物納の制度があります。
延納は相続税を何年かに分けて分割して払う方法で、物納は相続税を相続などで取得した財産そのもので払う方法です。
延納や物納を希望する場合は、相続税の申告書の提出期限までに税務署に申請書などを提出して許可を受けなければなりません。

4 . 相続税申告書のチェック・資料収集

<相続税申告書のチェック>
相続税の申告書が提出されると、税務署では相続税の計算が合っているか、相続税の申告書に添付資料があるかなど、相続税の申告書をチェックします。
もし、この段階で相続税の計算ミスや添付資料の不足があれば、相続人や税理士にその旨の連絡があります。
その後、相続税の申告書を基に、どの相続人がどの財産を取得したのかなどを整理し、データとして管理していきます。

被相続人が多額の財産を持っているときは、別枠で管理されます。
相続財産が多額になりますと相続税も高額になるため、情報収集やデータ管理など税務署内部でも慎重な対応が行われます。
<相続税の申告書を検証するための資料収集>
税務署では、相続税の申告書が提出されると相続税の申告書に記載された内容が正しいものかどうかの検証を行います。
相続財産の申告漏れとして最も多く指摘されるのが預貯金をはじめとした金融資産ですが、税務署はどのようにして預貯金などが少ないことを発見しているのでしょうか。

税務署は、銀行や証券会社などの金融機関へ照会を行います。
残高証明だけでなく、預貯金であれば口座の入出金の明細も入手しています。

残高証明や入出金明細の取得は、被相続人名義の口座だけでなく家族名義の口座も入手しているため、親の預金口座から子供の預金口座へ現金を動かしたことがすぐにわかります。
これは、祖父母の預金口座から孫の預金口座へ現金を動かすことも同様です。

この他、預金口座から引き出した現金をそのままタンス預金をしていてもすぐにわかります。
なぜなら、預金口座から「引き出した」という証拠が残っています。
多額の現金を引き出したのであれば、その使途は必ず調べられるのは明らかであり、もしその使途が不明であればタンス預金をしていると疑われることになります。

また、近年では海外に現金を送金する人が増えてきています。
日本から海外へ送金をしたときや海外から日本へ送金された金額が100万円を超えるときは、銀行から税務署へ国外送金の調書が提出されることになっています。
海外とのやり取りだからわからないだろう、という安易な考えは大きな間違いですので注意が必要です。

5 . 税務署にて相続税の税務調査が必要かどうかの判定

税務署で集められた各種資料を基に、KSKシステムへデータが蓄積されていきます。
この集約されたデータにより、提出された相続税の申告書が適正であるかどうかの判断がなされます。
相続税の申告書が適正であるかどうかの判断は、次の3つに区分されます。
・実地調査が必要である事案
・事後的に対応すべき事案
・適正に申告がされている事案


実地調査が必要である事案と判断されると、相続人の自宅に赴き税務調査が行われます。
税務調査の準備として、調査をする担当者が決まり、その担当者が更に詳しく資料の収集を行います。
収集したデータを基に、どの項目を調査すべきかを具体的にピックアップし、税務調査へと進んでいきます。

このように更に詳しく資料収集を行ったことで、実地調査を行うまでもないと判定されることや申告漏れが少ないため事後的に対応すべき事案に判定されることもあります。


実地調査が必要である事案や事後的に対応すべき事案と判定された場合、税務署が疑問に思った点を税理士や相続人に伝え、その回答により実地調査を行うか修正申告を求めるか、あるいは税務調査の必要がないといった判断がなされます。
提出された相続税の申告書に「税理士法第33条の2」の書面が添付されているときは、税務署はまず相続税の申告書を作成した税理士に意見を求めなければなりません。
税理士の回答の結果、相続税の申告書が適正であると判断されれば税務調査は行われません。


適正に申告がされている事案と判定されたときは、提出された相続税の申告書が適正なものであるため、これまで収集した資料を整理して終了となります。

6 . 税務調査の決定

実地調査が行われることになった事案は、調査の内容・金額などにより、税務署が調査する事案なのか国税局が調査する事案なのかが分けられます。

国税局が調査を担当することが多い事案は、次のような事案のようです。
・遺産の総額がおおむね5億円を超えるような大きな事案
・海外取引が多いなど資料が多く複雑な事案
・相続税だけでなく、所得税・法人税など他の税とも関連して調査が必要な事案


まず、実地調査を行う先を次のような基準でランク分けを行っていきます。
・遺産総額が多い事案
・多くの申告漏れが予想される事案

特に、多くの申告漏れが予想される事案は、入念に事前準備が行われます。
この事前の準備を、準備調査といいます。

この準備調査は、実地調査を前提とした調査で、この準備調査がどれだけ行われるかによって調査の結果が決まってしまうくらいの大事なものです。
この準備調査の段階で申告漏れが把握できますので、更に資料や情報収集を行っていきます。

7 . 税理士や相続人へ税務調査の連絡

実際に税務調査が行われることになったときは、税務署から事前に相続人へ連絡されます。
この連絡は、相続人代表者へされることが多いです。

税務調査の連絡が直接相続人にされるのではなく、相続税の申告書を作成した税理士に連絡されることがあります。
相続税の申告書を作成した税理士の多くは、税理士法30条に定める「税務代理権限証書」を提出します。
この税務代理権限証書の提出があるときは、この証書を提出した税理士に連絡をしなければならないことになっています。

この証書が提出されているときは、まず税務署から税理士に連絡があり、税務調査の日程について打診があります。
その後、税理士から相続人へ税務調査がある旨を伝えられ、日程を調整することになります。
税務調査を行う場所は、被相続人の自宅が指定されることが一般的です。

税務調査の日程について、税務署から指定された日を変更することはまったく問題ありません。
相続人のお仕事の都合もありますし、税理士が税務調査に立ち会う場合には税理士の都合もありますので、いずれにしましても日程の調整が必要となります。
日程は即答せず、後日回答することでまったく問題ありません。

8 . 税務調査が行われる時期

相続税の税務調査が行われるのは、通常、相続税の申告期限から1~2年後くらいです。

相続税の税務調査が行われるのは相続税の申告件数の30%程度、そのうち申告漏れなどが指摘されるのは80%を超えています。
これらの数値から読み取れることは、少ない調査件数で確実に申告漏れを発見していることがわかります。

税務調査を行う調査官には、申告漏れを発見する金額だけではなく、税務調査を行う件数のノルマがあるといわれています。


税務署の年度は毎年7月に始まり6月に終了します。
税務署では7月に人事異動がありますので、5月や6月に行われる税務調査は短時間で終わる傾向にあります。
その理由は、主に二つのことが考えられます。
まず一つ目の理由は、7月に人事異動が控えているため、時間をかけて調査を行うことが難しいという現実的なことです。
二つ目の理由は、6月末は税務署の年度末となっているため、問題点が少ない税務調査であれば短時間で終わらせることができます。
また、税務調査を行う件数のノルマが目標に達していないときは、調査件数を増やしたいという税務署の心理的なものが考えられます。

ところが、8月から11月にかけて行われる税務調査は、調査官の心理的な余裕も時間的な余裕もあるため本腰を入れた調査が行われます。
多くの申告漏れが見込める事案を優先して、税務調査が行われていると考えられます。

9 . 税理士法による書面添付の制度

平成14年4月1日から改正された税理士法が施行されており、書面添付の制度が始まっています。

この書面添付の制度は、税理士法33条の2において「税理士又は税理士法人は申告書の作成に関し、計算し、整理し、又は相談に応じた事項を記載した書面をその申告書に添付することができる。」と規定されています。

この書面が申告書に添付されているときは、税理士法35条において次のように定められています。
「添付されている申告書を提出した者について、その申告書に係る租税に関しあらかじめその者に日時場所を通知してその帳簿書類を調査する場合において、その租税に関し第30条の規定による税務代理権限証書を提出している税理士があるときは、その通知をする前に、その税理士に対し、その添付書面に記載された事項に関し意見を述べる機会を与えなければならない。」

税務調査の前には必ず税理士の意見聴取が行われ、疑問点が解決すれば税務調査は行われません。
もし、税務調査になったとしても、税務署が疑問に思っていることが事前にわかるため、調査が効率よく行われることになります。
copyright © 相続税税務調査対策ガイド all rights reserved.